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27. 2nd セメスター 後半 [ニューヨーク州立大学]

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このセメスターは、殆どのクラスをドロップしてしまいとても焦りました。と同時に、アメリカでの生活に馴染んできて車を入手したので、行動範囲が広がって、アメリカ生活を楽しみだした時期でもありました。

車では、ニュージャージー州エッジウォーターにある、できたてのYaohanに行くのが楽しみでした。Yaohanは、アメリカ東海岸に初進出で、日本の大きなスーパーマーケットのようでした。店内に入ると日本語のアナウンスがあり、店の中は日本の食料品で一杯でした。駐在員の家族はここで一回数百ドルもの買い物をしていました。店内にはマンハッタンを見渡せるフードコートがあり、そこには寿司や、ラーメン屋、和菓子やが軒を連ねていました。隣のビルには紀伊國屋書店があり、価格は高いものの、日本の本や雑誌が手に入りました。そう、ここはアメリカにある日本でした。当時は日本がバブルだったこともあり、週末になると北はボストン、南はワシントンDCから日本人が押し寄せ、Yaohan周辺は大渋滞となりました。今はYaohanはなくなってしまいましたが、懐かしい思い出です。

大学生にとって最大の楽しみは、モールです。私もモールキッズで、時間があればモールに行っていました。目的がなくてもモールに行くと嬉しいのです。家の近くにはNanuet Mallというモールがあり、バスで行っていましたが、車を手にするとNanuet Mallは、あまり大きくないことがわかってきました。近くで一番大きいのはニュージャージーにあるGarden State Mallでした。あまりに巨大で驚くほどでした。そして、高級住宅地にあるRiverside MallとParamus Parkという2つのモールが個人的にはお気に入りでした。Riverside Mallには、ブランド品が沢山入っていてウィンドゥショッピングには最適でした。paramus Parkには、ベイクドポテトの専門店があり良く食べました。そしてこれら巨大モールはルート17という道で繋がっています。Rt17沿いにはGapやTower Recordなどの路面店があり、それらを覗くのも楽しかったです。

さて学校ですが、このセメスターからまたまた日本人が沢山増えました。日本がバブルということもあり、日本の大学に進学できなかったお金持ちの子供達が比較的入りやすい州立大学に押し寄せてきたようです。
小さな州立大学に日本人は30人以上いたのではないでしょうか。このくらい増えてくると日本人の固まりは分裂を始めます。これはとても醜い争いです。ある集団が別の集団を攻撃したり、無視したり....。20歳前後の若者達はくっついたり離れたり....。
私は、これらの行動を客観的に見て距離を思いっきり置くようになっていきました。もはや、話をする価値もないとまで思いました。彼らの目的は何なのでしょう?きっと日本の大学に入れず、格好悪いので米国にでも行ってこいと親に言われて来たのでしょう。学校はサボるし、語学学校の下のレベルのクラスに固まっているようです。それでいてカフェで大きな日本語で話しているのです。私は日本人としてとても恥ずかしく思いました。今となっては、人それぞれ様々な価値観を持っていることに理解があり、そういう学生を見ても、別に何とも思いませんが、当時の私はアメリカ人学生が馬鹿にしているのを聞く度にイライラしていました。

そういう私も、自分がクラスをドロップしており、最上級レベルだとしても語学学校の一員であったので、実は偉そうなことはいえない立場だったのです。
私は、とにかく日本人と距離を置くため英語を頑張りました。そしてやっと語学学校をクリアーし、正規の大学生として授業を受ける権利を得ることに成功しました。

振り返ると、2ndセメスターは、アメリカ生活に順応し、語学学校を卒業するためにだけ過ごした3ヶ月でした。

取りこぼしたクラスは夏休みに取り返すことになります。
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